ポエム
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大きな拘り。
家にいる時、欲のことを考える。

特にファッションについて考えるのは楽しい。
深く考えて、
いくら買い物をしても私の抱くイデアには実際近付けない。
孤独だ。
国が貧乏だからか、新品のシャネルを来てみた所で感じることは何とも言えない虚無感だ。
この影では抱くことのない、あの壮大な孤高感。それとも、そういうテンションを自身が望まないのか。そうではない。
最早、服ではなく視線を纏い、きらきらとしたパーティに佇むジェーン・バーキンのフォトグラフを本で見て…。
この時つくひたむきなため息に私は“貴族”とでもいおうか、そんな尊い気持ちに自分はなっている。


美しさ、イデアを見つけてしまった後では
探しても着る服が見つからないということか。
見つからないのではなく、つまりわからないということか。
あれも、これも欲しいのではなく、中学生のようにわからないということか。
ただ良いことは「わからない」という質問を生み、先人になった私には思考する希望が一縷流れたのだ。人より良いものを持つ事に緊張を感じるではないか、昔そんな自分を寂しいと思い否定した。なんだ、これで良かったのか。
人より良いものを。この私の思いは、自分に似合うものを、というドリームに比べてダサいが、類似している事がある。「私」はその気持ちでいる“しかない”のだし、客観性とはこういうことだから、それは人と自分を見比べる卑しさとは微妙に違うのである。それは内面からの微かな光だから。派手な服を纏い、着る、そんな自分に抵抗するような情熱、だから君のヴィヴィアンは似合っていなかったが、カッコよかった。
そのようにファッションの規定枠を壊し、私が一から構築しようとしているのは何だったのだろう。
かわいい私?そうだ、あさはかと同時に正解であり、そうに違いないのだが、一から始めるということは裸ということか、それであれば予め持つ信用の失念というのか、
普通二三くらいから始めるのが美しさだ。
その二三が何だったのか、私は思い出せない。だから痩せている。
私が歪んでいるのか。それとも向上心なのか。
だとしたら自由を求めるだろう。身の程知らず。
私には、私の個性という自然体があり、
詰まり思考という不自然をしつつ、如何にそれを守り続けるのか。
壊したことが間違いであったか、それとも初めから何もなかったのか、いや、違う。
私は現に響かせている、自分が恋をしていない時でさえ響かせている。
慎ましさ、気風の良さ、潔さ、気品、そんな風景、人のファッションを羨むことなく、
目の前の花に対して、少なくとも侘びる気持ちがある。
自分を尊く思うなら、これが「道」であると気付くのだった。
からっぽだった内面の、構築にしてアイデンティティが必要だった。
ジブンを確立するに、欲は私に迷いが多過ぎたから、「かわいい」では済まなかった。
そしてかえって欲深くなってしまったが、一度は泥を泳ぎ、肥やし、磨きにしていくのも良い事だ。
私は「ガールズ」であるという点。
孤独であって、同時に孤独じゃない。高さよりもそんな信頼性を構築するべきではないか、自分に叱咤する。そんか願いが流されてしまうのにも、少なからず侘び寂びを感じ入っている。
しかし、だからといって希望を丸ごと忘れるのは良くない事。
たった自分らしく、という事がどうしてこんなに長い道のりなのだろう。























19/12/06 00:20更新 / 淤白


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