ポエム
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終恋
初夏のよく晴れた朝それは突然訪れた
移り住んだ古いアパートの廊下で君と出会った
窓から差し込む日差しの中で見た眩しい笑顔
自分でも驚くほどにその時僕はうろたえていた
それから何かと理由を付けて君に声をかけた
廊下を歩く足音に何度も部屋を飛び出した
六月のある日思い切って君をデートに誘うと
夕暮れの公園で君のために書いた歌を贈った
君は小さな声でその歌を歌っていた
あなたの部屋からよく聞こえてきてたからと
夕日に染まった頬で君は柔らかく笑った
僕はこんな日がずっと続くと思っていた

ある日君はしばらく会えなくなると僕に告げた
訳は今は言えないけどすぐに分かると思うわ
そう言って君はいたずらっぽく笑った
それから言葉通り空っぽの部屋が続いた
その寂しさにも慣れた夏のある日
なじみの食堂で君の声を聴き驚いて目を上げると
ブラウン管の向こうで華やかに歌う君の姿
僕は直ぐにレコード店に駆け込み君の歌を買った
それから何度かプロダクションに電話してみた
その度に伝えておきますと言ういつもの返事
君はもう僕の手の届かない所に行ったとそう感じた

それからしばらくして君から僕あてに手紙が届いた
期待と不安の中で僕は息を殺して君の文字を追った
兄の名前で電話してくださいそうすれば話せます
たまにしか帰れないけどアパートは引っ越しません
僕は早速事務所に電話して君を食事に誘った
以前君と一度だけ行った目黒駅前のレストラン
十五分前に着いたのにもう君は来ていた
白い大きな帽子で人目を避ける様に
楽しい時間はすぐに別れを連れて来る
またいつか会おうねと約束にならない約束をして

木枯らしが吹き始めるころ君は突然アパートを引き払った
すべてを整理して故郷に帰るのだという
お別れにあなたのコンサートの写真をもらって行くわ
あなたと出会った頃が私一番輝いていたと思う
学園祭の歌姫だったころが一番楽しかった
別の出会いだったらこんな別れにはならなかったのかな
君は寂しそうなほほえみを浮かべてそう呟いた
渋谷駅で君を見送る時に君はその白い手を差し伸べ
ありがとうあなたと出会えて私幸せだった
私あなたの事忘れないからね小さな声でそう言った
この時僕は初めて柔らかくあたたかな君の手に触れた
そして僕は元気でとそう言うのがやっとだった
その日どんなに望んでも叶わない恋がある事を知った

発車のベルで握りしめていた君の手を離すと
君は最後に僕のためにもう一度だけ微笑んでくれた
そしてすぐにその微笑みを大きな帽子に隠した
あれほど恋焦がれた君の笑顔が見えなくなった
僕はホームの端に立ち遠ざかる君に手を振り続けた
ビルの谷間に君を載せた列車が見えなくなるまで
19/12/22 21:09更新 / 司門君


■作者メッセージ
 まだ液晶テレビやCDなどない時代の話です。

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