ポエム
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散文詩『ありがとう』
 ムダに尖った三日月を見ても、子供のころみたいにそこに腰かけたいなんて思わないし、例えそれが満月だろうが、死んでもいいなんて言葉は吐くこともない。

 そもそも月が綺麗なんて口にする男がいたら、力の限り頭ひっぱたいて、色とりどりの月を舞わせてやりたいくらいだ。

 さっきから冷たい空気が断りもなく肺を埋めて、そのせいか、いや、そのせいに決まってるんだけど、頭が変にトリップでもしたのか、いや、そうに違いないんだけど、夏に別れた男のことなんて思いだす始末。

 真夏に毛皮を羽織ったようなセンスのない戯れ言のたまうから、冷えたビールで頭を冷やしてやったなら、汗だくな手でひっぱたかれた。だからわたしもビールビンでお返ししただけなのに、お会計もしないで飛び出しちゃって。男の顔なんて移ろって薄れていくだろうけど、あの時払った八千四百五十二円はこれからも忘れないだろう。

 それにしても、こんなに寒いなら、センスのない毛皮でもいいから欲しいくらいだ。本当は安くても暖かいダウンジャケットが欲しいけど、わたしには誰も着せてくれないだろう。

 はあ。またいつもの橋を渡るのかあ。たかだか三百メートルちょっとなのに、なんでこんなに夜は長いんだろう。いや、橋のせいじゃないな。川のせいだ。流れるのはかまわないけど、渡るって、結構な負荷だ。まるで、今日の会議で何一つ噛み合わなかった、あのくそ上司のようだ。そもそも、あの漂ってくる整髪料はなんだ? 脂ぎった髪と化学反応起こして、いや、もはやビックバーンか。宇宙は広がってかまわないけど、あの上司の頭の上にはブラックホールが必要だ。そうだ、総務にお願いしよう。経費で買ってもらわなきゃ。

 橋の上を吹き荒ぶ横風に告ぐ。どうせ吹くなら後ろからお願いしたい。そしたら、わたしは楽になれるから。

 黄色の光を暖かそうなふりして照らす街灯に告ぐ。十二本もあるんなら、どれか一つくらいハロゲンヒーターに代えてくれ。全部なんて贅沢はいわないから。たまに暖かけりゃあ、帰って飲むストゼロも美味しくなるから。

 わたしの小さな願いなんて、ぼんやり在る三日月には届かないだろう。だって、雪が降ってきたし。男じゃないけど、今から綺麗だなんて褒めてもダメですか? 

 無駄な考え事で、無駄な足取りで、もう五つ目の街灯を数えてしまった。まだ七本もあるのかあ。

 あれ? なんか風がやんだみたいだ。

 あれ? 六本目の街灯がいつもと違う。

 おや? まさか冬にホタル?

 六本目の街灯の黄色に照らされて、ホタルの群れが舞っているように見える。わたしがおかしいのか? そこだけなんか、やわらかく包み込んでくれそうな心持ちで待ってくれているような。そうか、雪か。雪の白が色づいてるのか。

「ありがとう」

 あれ? わたし今ありがとうって言った。わたし、ありがとうって言えるんだ。化粧を塗りたくった言葉じゃなくて、素っぴんの言葉なんて言えたんだ。

 わたしはもう一度「ありがとう」と口にした。

 わたしを待つ猫の柊弥に、無条件でチュールをあげたくなるくらいには、暖かくしてくれたから。
19/12/06 01:55更新 / 九丸(ひさまる)


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