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犯罪の梵
 悪いことをする。してしまった。こう云った何もない顔が人にはあり、多くの人間であったと自分を認める者は未だ少ない。赤い色は波長が大きいが青くは線が細く、「私は気づかれない。」と言う、この小さい川を見つめ、若人の籠絆を私はみとめます。


 赤とは物質としては地球上で最も多い色です。対して青色は最も少なく、そうだから、自分の自分の良い、花、といった自分の特別性、それに厚かましさを感じつつ、亦乃至はそれが良いように実はあり、未来には隣人の誠の青色を見るころ、ころされ自尊心は己の分を知りに冒険しに行きます。それは人の怖れと優れを知して来たのであります。神仏に対し比べられては、いたむ人に神も人も信じる力があります。
 仏語の摩訶に於いては、理性と感情は対比されるべきではなく、感情は理性こそなのです。矛盾が、このように美しく理にさえ叶っているのに感銘を受くのです。感情は我々経験でありそこに自我(エゴ)は無いのです。
 同時に幾つも折り重なるものとして、芸術の様だと云う。それは人間から出たものであり、故にそれは何でもそれ自体が悪いものではない筈だ。
人と人とが擦れ合い、揉み合う此れはましな事だと「思い」を持ち、生きます。
憎しみは感情であろうか。考えてみるとそれは、留めることのできなかったかたまりであります。人の気持ちからはどうしても省かれるべきかたまりであり、此れは悲痛と云ったその正体であるからです。こうして私達は罪人のふところに辿り着くものでありますが、酷いのは心のわからない問題で、その為に最も若い自分の事を人は覚えているかどうかです。「恥を持つ」とはこういう事であり、只殆どは物と深く関わらず、“かんがえて、”何をしても良いんだ☆、と耐えない様で死にすらします。この為に悪を紐解く私を置かせて頂きたいのです。
 
19/06/28 11:49更新 / 淤白

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