ポエム
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ミキ子さん
 私の足は柔軟性を失い、平地すら上手く歩けない。しかし、私は自転車にまだ乗ることができるので、自分が出す速度を体感することができる。自転車は美しく計算されたフォルムで、足の弱った私にも乗ることができるのだ。美しい戦闘機を作ることに生じたジレンマはここにはなく、純粋に美しさを追求する精神を発揮できる。そんな自転車を作る情熱に敬意を払わざるを得ない。
 自転車は日々の私の助けであるばかりであるだけでなくコミュニケーションの手段でもある。歳をとってみれば会話の内容はたわいのない話ばかりで、それだのに幾分も満足しないということがない。そして、自転車のちょっとした改造も話題に上り、お話し仲間の褒めるところとなる。自転車との境界を忘れて自転車をこいでいた若き日を思い出す。
 もう亡くなってしまったが、私の地元の実家の近くに一つ年上のミキ子さんというのが住んでいた。やんちゃで少しおっかない女の子だったが、みんなの人気者で笑顔が特に可愛らしかった。私はミキ子さんのことがきっと好きだったのだと思う。一旦家に戻って学校に自転車で引き返して、学校でみんなと遊んで帰る日々だった。ミキ子さんも同じことをしていたので、道を同じくしていたことがあった。
 ある日の帰り、ミキ子さんは何を思ったのか、私にちゃんと付いて来て、といって全速力で自転車をこぎ出した。私は運動神経のいいミキ子さんの速度に追いつくのに必死で息があがっていった。ふと気が付くと、ミキ子さんと並走しながら風を切っていた。私は今までにない体感を味わいながら、ありありとしてほとばしるミキ子さんに見惚れていた。
 ミキ子さんはどうしてあの時あんなことをしたのだろう。ついに、ミキ子さんには聞くことができずじまいだった。どうしてと聞くのはとても無粋なことなのかもしれなかった。ただ、あの時から私は存在に対する疑いをさっぱりなくしてしまった。私が世界で、世界が私で、ミキ子さんが世界で、世界がミキ子さんで、私がミキ子さんで、ミキ子さんが私であった。今日も自転車をこいで、ミキ子さんを追っている。
19/12/24 16:10更新 / ジアール


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